アコーディオン修行 . KAZU

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家族の思ひ出、

 なんだか湿っぽい話ばかりで申し訳無いのだが、まあお盆だしねっ、カンベンしてねっ、

父は10年前に73歳で他界しているのだが、そう言や~、最後は不思議な年だった気がするのだ。
昭和一桁生まれで九州出身と来りゃ、そりゃ頑固一徹、本当にテーブルひっくり返してたもんね!
小さい頃は父親が仕事から帰って来ると、家の中に緊張が走ったもんだ。

当然、”男がピアノなんか習ってどーするんじゃぁ~!” 状態で、父親が家に居る時は、ピアノや楽器の
練習なんか出来なかったね。 (その後は見て見ぬふりをする様になったけどね、)
そんな父も65歳まで仕事をして、さあやっと引退って時に腰を痛めて、大好きなゴルフも出来なくなってたから、
好きな酒を飲みながら家でゴロゴロしてましたね~っ、
でも本当は重大な病気を患ってたんだけど、母にも知らせずに(知られると唯一の楽しみ”酒”も飲めないからね、)
何回か故郷を訪ねてりして、今、思うと、自分なりの人生の終わり方を決めていたのかも知れない。

具合が相当悪くなり仕事を片付けて、実家に寝泊りしてて見舞いに行っても、”いいから、仕事に戻りなさい!”
って、じゃあ一つだけお願い聞いてくれたら帰るよっ、と、 母親に ”今までありがとう” って、小声でいいから
言ってあげてねっていったら ”う~ん”  ”ふ~ん” ともアヤフヤな返事をしてて、その3日後逝っちゃったけど、
結局、言わなかったみたい、全く最後まで頑固一徹だったねぇ~。

そんな父が亡くなる年の春に、”ビックリ仰天!” 私がゲスト出演するピアノの発表会に杖を突きながら
会場に突然現れたのだった。いやぁ~、何だかちょっと緊張しちゃったゼイ。
その時弾いた曲が、ショパンのエチュードから ”別れの曲” ”木枯らし” だったのだが
発表会が春で、亡くなったのが木枯らしが吹く年末だったのだ。
照れ隠しも有ったのだが、”どうだった演奏?” って聞いたら、”続けてる事は大変良い事だ、” 
としか言いませんでしたが、ステージで弾いてる姿を見てもらったのも、ちゃんと聴いてもらったのも
後にも先にも初めての事でしたので、う~んっ、嬉しかったけど、何か不吉な予感も過ぎりました。
その予感が当たってしまったのですが、でも最後に聴いて貰えてとても嬉しかった!

それからは何だか、”別れの曲” と ”木枯らし” は弾く気になれずにいて、その後、アコーディオンと
出会ってしまったので、ピアノ自体弾く機会が極端に減り、ついにはピアノは全く弾かなくなりました。
今は教室をこれから始める予定ですので、必死に元に戻そうと奮闘中ですが、動かない指にイライラ、
覚えの悪い頭にイライラ、練習時間を多くすると指の調子が悪くなりイライラ、(指には古傷を抱えてるのだ、)
実家で邪魔だったのか大量の楽譜を処分されててイライラ、(自分が悪いんだけどね、)
でも、基礎練習をしながら、”別れの曲” ”木枯らし” から練習してみようかな?(またイライラしそうだけど、)

母の葬儀で、久しぶりに会う親戚の方などから昔話なんかも聞いたし、何よりも自分の兄弟の知らない面や
今まで思って来た事など、酒を飲みながら話せたし、グッと距離が近くなりました。
私に託された母の遺言も実行出来そうだし、これからまた新たなスタートだね!
 ”やっぱり、親は偉大だっ!”

by kazu6433 | 2014-08-14 00:56 | 日々、いろいろ | Comments(1)
Commented by みこれっと at 2014-08-23 22:31 x
ウチの両親も帰省するたび「年を取ったなあ〜」と感じます。
まあ、自分も同じだけ年を重ねてるんですけどねっ。
ウチの父は年を取ったらワタシの言うことは聞くようになりました(笑)母としては面白くないようですが・・・
娘ってのは特別なんですかね〜。
とにかく親より一日でも長く生きるのが親孝行だと思ってます。
昨年突然入院しちゃったりしてビックリさせてしまったので
寿命が縮まってないといいなあw

ある日、突然アコーディオンに 目覚め、どっぷりハマッてしまったオヤジの日々。管理人KAZU


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